香立てと香炉の、みじかい歴史
日本の香炉は、使いやすさからではなく、いのりから生まれたと伝えられています。六世紀、仏教の僧たちが儀式の場で青銅の香炉(こうろ)を使いはじめます。煙が誦えを天にとどけると信じられていたからです。ある僧が仏の夢を見たのち、檜の木から蓮のかたちの香立てを彫った、という話も残っています。泥のなかから清らかに咲くことをあらわすその意匠は、のちのちまでのかたちのもとになりました。いまも蓮の意匠の香立てが多いのは、香りと祈りがともにあったあの頃のなごりです。
文化のなかの香炉
お香は六世紀、中国と朝鮮を経て日本に伝わりました。はじめは仏教の儀式で、神聖な場を清めるために使われていました。香炉が武士の心の修行にかかわっていたことは、あまり知られていません。戦の前、武士たちは簠素な鉄の台に焼香(しょうこう)をたき、たちのぼる煙をじっと見つめました。それは、心をしずめるための瞑想でした。十六世紀のある剣術家の日記には、こうあります。「灰が落ちるように、迷いも落ちる。香りが消えれば、あとには澄みだけが残る」
平安時代に入ると、香りを味わうことは貴族の文化へと広がり、香道(こうどう)、すなわち「香の道」が生まれます。この道では、香りそのものだけでなく、道具のつくり、扱い、おき方までが大切にされました。陶器、金属、漆器。季節や場、そして使う人の感性に合わせて、香炉はていねいに選ばれました。
かたちと素材
日本の香炉にはさまざまなかたちがあり、それぞれにふさわしい場があります。
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陶器の香炉:土の質感と釉薬が尊ばれ、各地の焼き物の伝統と結びついています。たとえば京都の 清水焼 は繊細な手描きの文様が特徴で、備前焼は釉をかけない素朴な表情が持ち味です。
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漆器:金や螺鈿(らでん)をあしらった蓬絵の香炉は、贅沢の極み。武家の上層や公家に好まれました。
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金工:青銅や真鍮の香炉は、ときに動物や神獣のかたちにつくられ、永く保つことをあらわします。 七宝 (しっぽう)の極彩をあしらったものも多く見られます。
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竹と木:禅寺で用いられることの多い、すっきりとした意匠。むだのなさと、素材そのものの美しさを大切にします。
もうひとつ、 香合(こうごう)と呼ばれるかたちがあります。茶の湯で練香を入れる、ふたつきの小さな器です。季節や歌をうつした意匠が多く、小さな工芸の名品といえるものも少なくありません。

美しさの考え方
日本の香の文化の中心にあるのが、侘寂(わびさび)という考え方です。不完全なもの、移ろいゆくもの、自然のままの美しさを愛でる心。それは香立てにもよくあらわれます。
たとえば、美濃焼のふるさとである岐阜県土岐市の、手づくりの陶器の皿。釉薬はやわらかにたまり、縁はわずかに歪んでいるかもしれません。でもそれはきずではなく、表情です。人の手、読みきれない窯、そしてしずかに流れた時間がそこには写っています。
その上におく真鍮の香立ても、ゆっくりと酸化して柔らかな風合いを帯びていきます。使うたびに変わっていく。生きているのです。
日本の香立てには、いくつかの大切な考え方が表れています。
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侘寂:不完全さと移ろいを愛すること。貫入のある釉や、左右そろわないかたちが味わいになります。
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渋い:派手さより、おさえた上品さをとること。どんなに装飾が細かくても、どこかに慣みがあります。
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間(ま):もののかたちと、そのまわりの余白が向きあってつりあいを生み、見る人を寄せつけます。
たとえば兔のかたちの香立ては長寿を、古びた青銅のひとつは時の流れを、それぞれにしのばせます。

いまの香立て
現代の日本の家でも、香立ては毎日の暮らしのなかにあります。朝のおつとめに、ひといきつく時間に、あるいは季節の香りを部屋に迎えるために。
いまの意匠の多くは、伝統と現代の暮らしの両方に答えるものです。灰をちゃんと受けとめる広めの皿、小さな部屋に合うコンパクトなかたち、禅と北欧の両方に通じるすっきりとしたもの。
この古さと新しさのまじわりは、たまたまではありません。思慕深く、ひかえめで、長く使えるものを。日本のものづくりの考えそのものです。
おわりに
日本の香立ては、ただの道具ではありません。歴史と、造形と、しずけさをいれる器です。瞑想に使うでも、飾ってながめるでも、心ばかりの贈りものにするでも、あの頃と今をつないでくれます。いそがしい世のなかで、立ち止まって息をし、煙のようにはかない美しさをあじわうことを、そっと思い出させてくれます。
*十六世紀のある香道の師はこう言いました。「香を聞け。それは耳にではなく、魂に語りかける」*
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